文久4年(1864年)、金沢城中で生まれた。幼少期は活発で、後に漢学や書道、絵画を学び、優れた才能を示す。明治9年(1876年)に有栖川宮威仁親王の妃に選ばれ、結婚は明治13年(1880年)に実現する。書道や和歌に精通し、英仏会話も習得。明治22年(1889年)には欧州を訪れ、その聡明さを称賛される。大正2年(1913年)に威仁親王と死別。大正12年(1923年)に薨去し、有栖川宮家は絶家となる。有栖川流書道は子孫に伝承された。
主な祖先
威仁親王妃慰子の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











