- メニュー -
家系図の見方
役職
歴代征夷大将軍
歴代鎌倉幕府執権
歴代室町幕府管領
氏長者
歴代藤氏長者
歴代源氏長者
家別
公家(堂上家一覧)
武家(守護大名)
武家(戦国大名)
武家(近世大名)
- 設定 -
一橋徳川家の第2代当主
准大臣
江戸時代後期の武士であった徳川治済は、一橋家第2代当主として知られる。宝暦8年(1758年)に一橋家の世子となり、徳川姓を名乗った。天明6年(1786年)、将軍家治の死後、息子の家斉が第11代将軍に就任すると、田沼意次の罷免を実現し、幕政に影響力を持つ。寛政11年(1799年)、家督を六男・斉敦に譲って隠居。文政10年(1827年)に77歳で没し、最樹院の法名を与えられた。墓所は東叡山寛永寺にある。文政11年(1828年)には内大臣、翌年には太政大臣を追贈された。
松平清康
7親等祖先
松平信光
11親等祖先
水野忠政
三浦義同
9親等祖先
於大の方
6親等祖先
細川護熙
7親等子孫
宣仁親王妃喜久子
6親等子孫
近衞忠輝
水谷川忠俊
前田利建
近衛文隆
徳川慶光
平沼正二郎
8親等子孫
徳川家広