系譜で辿る日本史

選択中の人物

徳川慶昌とくがわよしまさ

徳川慶昌

一橋徳川家6代当主

氏族三河松平氏
生没1825年 - 1838年
位階
官職
幕府職

江戸時代後期の武士で、御三卿一橋家の6代当主。文政8年(1825年)、徳川家慶の五男として生まれる。天保3年(1832年)、広大院が島津斉彬の養子に迎えようとしたが実現せず、天保8年(1837年)に一橋家当主・徳川斉位の養子となる。元服後、慶昌を名乗り従三位に叙されるが、天保9年(1838年)に14歳で死去。墓所は寛永寺にあり、法名は英徳院殿。1967年に多宝塔が福島市に移築された。

更新
主な祖先

徳川家康

8親等祖先

松平信光

14親等祖先

水野忠政

10親等祖先

朝日殿

11親等祖先

三浦義同

12親等祖先

於大の方

9親等祖先

木下利房

9親等祖先

徳川頼宣

7親等祖先

養珠院

8親等祖先

松平清康

10親等祖先

徳川慶昌の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫