系譜で辿る日本史

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徳川昌丸とくがわまさまる

徳川昌丸

一橋徳川家8代当主

氏族三河松平氏
生没1846年 - 1847年
位階
官職
幕府職

江戸時代後期の武士であり、一橋家の8代当主。弘化3年(1846年)に尾張家市谷邸で誕生するが、父は前年に亡くなっている。弘化4年(1847年)、一橋家7代当主の死去に伴い、家督を相続。しかし、わずか2歳で夭折し、法号は馨明院。墓地は芝増上寺にある。彼の死後、一橋家の家督は水戸藩藩主・徳川斉昭の七男・慶喜が継ぎ、これにより一橋家では曽祖父の治済から続いた血筋が絶えた。嘉永元年(1848年)、従三位左近衛権中将を追贈される。

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