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伏見宮貞敬親王の王女
隆子女王は江戸時代後期の女性皇族で、伏見宮貞敬親王の11女。天保12年(1841年)、乳母と共に伏見宮家から家出し、京都所司代まで失踪届が出される騒動を引き起こす。後に明石で発見され京に連れ戻された。この事件により仁孝天皇の怒りを買い、甥の済範入道親王は門跡を解任され、伏見宮邦家親王も閉門処分となる。隆子女王自身は出家させられ瑞龍寺で生涯を終えた。死後4年経った元治2年(1865年)、罪が許された。
近衛家基
18親等祖先
土御門天皇
20親等祖先
正親町天皇
9親等祖先
今出川兼季
16親等祖先
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15親等祖先
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7親等祖先
亀山天皇
19親等祖先
三条実房
洞院公守
後奈良天皇
10親等祖先