系譜で辿る日本史

選択中の人物

長寿院盛淳ちょうじゅいんもりあつ

(畠山盛淳)

長寿院盛淳

島津氏の重臣

蒲生地頭

氏族清和源氏足利氏庶流畠山氏
生没1548年 - 1600年
位階
官職
幕府職

島津氏の重臣。本来は畠山姓で、長寿院は院号。その後還俗したが、出家時の名乗りのまま有名になった。<br>
幼少の頃に仏門に入り、各国で修行したのち帰国して安養院の住持となった。その後、島津義久が盛淳に還俗を命じて側近に取り立てた。奏者として仕え、島津氏の九州統一で活躍をみせる。天正14年(1586年)には豊臣秀吉と義久の関係を取り持った。その後、九州の役で島津氏の旗色が悪くなると和睦を主張した言われている。

更新
主な祖先

細川頼元

8親等祖先

源頼義

18親等祖先

赤松則村

10親等祖先

源師房

19親等祖先

畠山基国

7親等祖先

坊門姫

16親等祖先

源頼信

19親等祖先

藤原道長

20親等祖先

源義朝

17親等祖先

徳大寺公継

14親等祖先

長寿院盛淳の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫