南北朝時代の公卿であり、連歌の大成者として知られる。幼少期に元服し、若くして出世するが、元弘の乱で一時失脚する。しかし、建武の新政で復帰し、その後も北朝に仕えて光明天皇や崇光天皇の摂政・関白を務めた。公家としての地位を保ちながら文化的活動にも注力し、連歌や和歌、蹴鞠に通じ、連歌論書や和歌集の編纂を手がけた。室町幕府との関係を重視し、朝幕関係の安定化に尽力した。連歌の発展や文化交流に貢献し、世阿弥ら文化人の育成にも寄与した。
主な祖先
二条良基の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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