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松平武聰まつだいらたけあきら

松平武聰

石見国浜田藩4代藩主

美作国鶴田藩主

越智松平家8代

氏族三河松平氏
生没1842年 - 1882年
位階
官職
幕府職

江戸時代後期の大名である。常陸国水戸藩主・徳川斉昭の十男として生まれ、庶子であった。弘化4年(1847年)、先代藩主の末期養子として越智松平家を相続し、石見国浜田藩の藩主となる。藩政では倹約令を施行し、高津川の治水工事や殖産興業を推進して藩財政を再建。幕末期には佐幕派として第二次長州征討に参加したが、病に倒れ指揮を執れず、浜田城を放棄して逃亡。戊辰戦争では新政府に恭順の意を示すも、病から上京できず、家老の切腹で謝罪を表明した。明治4年(1871年)の廃藩置県後に知藩事を免職され、明治6年(1873年)に隠居。明治15年(1882年)に41歳で死去した。

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