中川清秀は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した武将。摂津国の小さな武士だったが、その優れた武勇で家を12万石を領する大名家に成長させた。はじめは池田勝正に仕え、後に織田信長に従う。元亀元年(1569年)の本圀寺の変では明智光秀に加勢し、三好三人衆と戦った。池田氏の内紛を経て信長と敵対するが、後に丹羽長秀や池田恒興の旗下で戦い、本能寺の変後は羽柴秀吉に従った。天正11年(1583年)の賤ヶ岳の合戦で戦死。家督は長男の秀政が継ぎ、次男の秀成は豊後岡藩初代藩主として中川家を幕末まで存続させた。
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中川清秀の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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