系譜で辿る日本史

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大御ちおおおち

(養徳院)

大御ち

池田恒利・室

氏族称・清和源氏頼光流
生没1515年 - 1608年
位階
官職
幕府職

養徳院は戦国時代から江戸時代初期にかけての女性で、尼僧としても知られる。池田政秀の娘として生まれ、池田恒利の妻となり、恒興を出産。その後、織田信秀の側室となり、織田信長の乳母を務めた。信長が幼少期に乳首を噛む癖があったが、彼女が乳母になってからはその癖が直ったという。恒利の死後、出家して養徳院と名乗り、信秀の側室として娘を出産。信長や豊臣秀吉からも厚遇され、晩年は孫の輝政の居城である播磨姫路城で過ごし、慶長13年(1608年)に94歳で没した。紀州高野山に葬られ、戒名は養徳院殿盛嶽桂昌大姉。位牌所は備前曹源寺にある。

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主な祖先

大御ちの家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    池田宗政

    7親等子孫

    池田斉邦

    10親等子孫

    中川久忠

    7親等子孫

    池田宗泰

    7親等子孫

    酒井忠器

    10親等子孫

    池田章政

    11親等子孫

    池田斉稷

    10親等子孫

    池田茂政

    11親等子孫

    松平忠和

    11親等子孫

    松平頼聰

    11親等子孫