系譜で辿る日本史

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池田長幸いけだながよし

池田長幸

江戸前期の大名

氏族称・清和源氏頼光流
生没1587年 - 1632年
位階従五位下
官職 備中守
幕府職因幡鳥取藩主 備中松山藩主

江戸時代前期の大名で、因幡鳥取藩2代藩主と備中松山藩初代藩主を務めた。幼少期から水野善右衛門の薫陶を受け、慶長19年(1614年)に父の死去により家督を継承。元和3年(1617年)には5,000石を加増され、鳥取から備中松山へと移封された。藩政では新田開発に尽力し、元和5年(1619年)には福島正則の改易に伴う三原城在番を務めた。寛永9年(1632年)に46歳で死去し、その後は長男の長常が跡を継いだが、相続を巡る親族間の争いが発生した。墓所は岡山県高梁市の威徳寺と東京都港区の東禅寺にある。

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