江戸時代前期の大名。播磨国平福藩主、後に播磨赤穂藩2代藩主となる。姫路藩主・池田輝政の六男として姫路城で生まれ、母は徳川家康の次女・督姫。幼少時に兄の遺領から平福藩を与えられるが、実際の藩政は家臣団が行った。赤穂藩主としては検地や城下町の開発、特に日本初の上水道開発に功績を残す。正保2年(1645年)、突如発狂し正室を含む数人を斬殺したため改易され、甥の池田光政に預けられる。正保4年(1647年)、岡山で死去。乱行の背景には幕府の陰謀説もあるが、確証はない。亀子姫の墓は東京都渋谷区にある。享年37。




