安土桃山時代から江戸時代初期にかけての公卿であった。室町幕府の足利義昭から偏諱を受け、昭実と名乗る。織田信長の養女を妻とし、信長や豊臣秀吉、徳川家康らと接触があった。天正13年(1585年)、正親町天皇の関白に就任したが、秀吉の関白就任を受け入れ、辞任。その後も秀吉に従い、儀式や能に参加した。江戸幕府とも良好な関係を築き、禁中並公家諸法度の制定にも関与。元和元年(1615年)には、30年ぶりに関白に再任される。元和5年(1619年)に薨去し、後中院の院号を贈られた。古式典礼に詳しく、公家界の長老として、武家との窓口として晩年まで活躍した。
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二条昭実の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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