室町時代前期の公卿である。九条家の12代当主として知られ、従一位・関白、左大臣に任じられた。応永11年(1404年)に元服し、足利義満から「満」の字を受け、満教、満輔、満家と改名した。応永13年(1406年)には従三位に叙せられ、応永21年(1414年)に右大臣、応永25年(1418年)には関白・左大臣となる。応永26年(1419年)には従一位に昇叙されたが、同年に左大臣を辞任し、応永31年(1424年)には関白も辞した。文安5年(1448年)、具合が悪化すると、弟の経覚に後継者を相談し、若君を養子として家を継がせた。同年に出家し、文安6年(1449年)に56歳で薨去した。
主な祖先
九条満家の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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