系譜で辿る日本史

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藤原敦兼ふじわらのあつかね

藤原敦兼

平安後期の貴族

氏族藤原北家道綱流
生没1079年 - ???年
位階正四位下
官職 刑部卿
幕府職

平安時代後期の貴族で、白河院政期から鳥羽院政期にかけて活躍した。永長2年(1097年)若狭守に任じられ、以後、越後守、加賀守、尾張守、備中守、但馬守など諸国の受領を歴任した。最終的には刑部卿に任ぜられ京官として仕えた。康和元年(1099年)には令子内親王家の別当も務め、天承元年(1131年)には鳥羽上皇の供奉中に襲撃事件に遭遇した。保延4年(1138年)に出家し、篳篥の名手としても知られた。『古今著聞集』には篳篥に関する逸話が収録されており、容姿は醜かったが妻との関係を篳篥を通じて修復した話が伝わる。

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主な祖先

大伴金村

17親等祖先

文徳天皇

8親等祖先

欽明天皇

16親等祖先

嵯峨天皇

9親等祖先

雄略天皇

19親等祖先

継体天皇

17親等祖先

藤原師輔

6親等祖先

宇多天皇

6親等祖先

橘諸兄

12親等祖先

仁賢天皇

18親等祖先

藤原敦兼の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    中院通純

    18親等子孫

    二条尹房

    14親等子孫

    二条光平

    17親等子孫

    満済

    9親等子孫

    二条良基

    8親等子孫

    細川高国

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    二条師良

    9親等子孫

    近衛基平

    6親等子孫

    九条道房

    16親等子孫

    一条家経

    6親等子孫