宇多天皇の第八皇子である敦実親王は、母・藤原胤子のもとに生まれ、醍醐天皇の同母弟である。延喜7年(907年)に元服し親王宣下を受け、三品に叙せられた。上野太守や中務卿、式部卿を歴任し、一品に昇進。天暦4年(950年)に出家し法名を覚真とし、仁和寺に住んだ。康保4年(967年)に75歳で薨去。宇多天皇の皇子の中で唯一長命を保ち、内外から尊重された。和歌や管弦、蹴鞠など諸芸に秀で、特に音曲に優れ源家音曲の祖とされる。勅撰歌人として『後撰和歌集』に和歌が1首採録されており、日本の音楽史上重要な存在である。蝉丸が仕えたという説もある。





















