宇多源氏出身の貴族である。永延元年(987年)、父が出家したため祖父の養子となり、後に祖母や藤原道長夫妻の庇護を受けて成長する。長徳4年(998年)に右近衛権将監に任じられてから、三朝にわたり武官を歴任し、最終的には正四位下・右近衛中将に至る。人柄は正直でありながら、狩猟や栄華を好み罪業を積んだが、法華経を読むことで往生を得たと伝わる。歌人としても活動し、『後拾遺和歌集』などに和歌が収録されている。寛仁元年(1017年)、流行していた疫病により没する。
主な祖先
源雅通の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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