系譜で辿る日本史

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源扶義みなもとのすけのり

源扶義

平安時代中期の公卿

氏族宇多源氏
生没951年 - 998年
位階正四位下
官職 参議
幕府職

源扶義は、平安時代中期の公卿で、宇多源氏の一員。学問に励み、天延3年(975年)には文章生となる。貞元2年(977年)に進士蔵人として六位蔵人に任命され、その後も順調に昇進。天元5年(982年)には安芸権守、翌年には河内守を務める。寛和2年(986年)に正五位下となり、永延元年(987年)には五位蔵人兼右少弁として一条天皇に仕える。正暦5年(994年)には参議兼右大弁に任命され、公卿に列する。議政官としての職務を全うし、長徳4年(998年)に48歳で没する。没後の寛弘7年(1010年)には邸宅が焼失したという記録が残る。

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主な祖先

大伴室屋

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継体天皇

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敏達天皇

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6親等祖先

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10親等祖先

嵯峨天皇

6親等祖先

光仁天皇

7親等祖先

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8親等祖先

源扶義の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

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11親等子孫

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11親等子孫

後鳥羽天皇

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四条天皇

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崇徳天皇

8親等子孫

佐々木盛綱

6親等子孫