平安時代中期から後期にかけての公卿。後一条朝末の長元8年(1035年)に従五位下に叙爵され、長暦2年(1038年)に左兵衛佐に任官。以降、右近衛権少将や正五位下などの昇進を重ね、永承6年(1051年)に蔵人頭に任じられる。康平2年(1059年)に参議に任ぜられ、公卿に列する。康平8年(1065年)には権中納言に昇進し、治暦2年(1066年)から後冷泉天皇后・藤原寛子に仕える。後三条朝の延久3年(1071年)に正二位に至り、承保2年(1075年)に出家、薨去。享年51。最終官位は権中納言正二位兼太皇太后宮大夫。没後、この官職は父が継承した。
主な祖先
源隆俊の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















