系譜で辿る日本史

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明雲みょううん

明雲

天台座主55、57世

氏族村上源氏久我家
生没1115年 - 1184年
位階
官職
幕府職

比叡山で顕教・密教を学び、最雲法親王の法を継承。仁安元年(1166年)には僧正に任じられ、翌年には天台座主となる。高倉天皇の護持僧や後白河法皇の授戒師を務め、平清盛の出家の際には戒師を務めた。治承元年(1177年)、白山事件で責任を問われ配流されるが、途中で奪還され比叡山に戻る。治承3年(1179年)には再び天台座主に復帰。平氏政権と延暦寺の調整を担ったが、寿永2年(1183年)、源義仲による法住寺合戦で殺害された。在任中の座主が殺害されたのは初めてのことであった。

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