平安時代初期の貴族である安部男笠は、延暦17年(798年)に従五位下に叙せられ、翌年には右兵衛佐に任命される。延暦25年(806年)には越後介として地方官に転じ、嵯峨朝では三河守、駿河守、主殿頭などを歴任する。弘仁年間には昇進を重ね、弘仁13年(822年)には従四位上となる。天長3年(826年)に74歳で没する。質素な性格で才学には恵まれなかったが、鷹の調教に優れ、その腕前が桓武天皇に寵愛される要因となった。善悪の評判は特に立たなかったが、内外の官職を歴任した記録が『日本後紀』に残る。
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安倍男笠の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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