平安時代中期から後期の貴族。天喜3年(1055年)に叙爵し、翌年侍従に任官。右近衛少将、右近衛権中将を経て、後三条天皇の即位に伴い正四位下となり、蔵人頭に補される。急速に昇進し、白河朝初頭には参議や正二位に昇進。しかし、承暦4年(1080年)に他の貴族に先を越されたことで出仕を止め、承暦5年(1081年)に職封を停止される。永保2年(1082年)、権中納言に昇進するが、白河天皇との対立もあり、約9年間権中納言を務めた後、寛治5年(1091年)に辞任。弾正尹を最後に出家し、嘉承2年(1107年)に65歳で薨去。
主な祖先
藤原基長の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











