系譜で辿る日本史

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尋範じんぱん

(尋覚)

尋範

平安時代末期の僧侶

大僧正

氏族藤原北家御堂流
生没1093年 - 1174年
位階
官職
幕府職

平安時代末期の僧侶である尋範は、興福寺別当や僧正を歴任し、南都の僧として初めて六条天皇の護持僧に任じられた。摂家出身の高僧であり、その高潔な人柄から多くの尊崇を集めた。政治的には藤原頼長に近く、保元の乱では頼長に加担して所領を没官された。興福寺大乗院第3世として内山永久寺の発展にも寄与し、内山大僧正と称された。晩年には多武峰の火災の責任を問われて解官され、永久寺に退隠したと伝えられる。

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13親等祖先

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