承暦3年(1079年)頃生まれの藤原長子は、平安時代後期の女官であり、『讃岐典侍日記』の作者である。姉が堀河天皇の乳母であった縁で康和2年(1100年)に堀河天皇に出仕し、翌年典侍に任じられた。嘉承2年(1107年)、堀河天皇の最期を看取った後、白河院の意向で鳥羽天皇の典侍として再び宮廷に仕えた。元永元年(1118年)頃から堀河院の霊が憑依すると称し、鳥羽天皇を守護するとして信頼を得たが、次第に兄を役職に任命するよう要求し、白河院により参内を停止された。長子の記した童歌「ふれふれこゆき」は、後に兼好法師に引用され、最古のわらべうたの記録とされている。











