鎌倉時代後期の公卿であり歌人でもある。弘安4年(1281年)に従五位上に初めて叙され、その後も侍従や左近衛権中将を経て、従三位に昇進し公卿に列する。さらに正応元年(1288年)に権中納言、正安元年(1299年)には左大臣、従一位を歴任。嘉元3年(1305年)には関白に就任し、藤氏長者となる。歌人としても活躍し、『新後撰和歌集』などに15首が収められている。元応2年(1320年)に48歳で薨去。弟で養子の房実が跡を継いだ。
主な祖先
九条師教の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











