鎌倉時代中期から末期にかけての公卿。正嘉2年(1258年)に元服し、従五位上に叙され、2年後に右近衛権少将に任ぜられる。父・忠家が謀反事件で右大臣を解任された影響で進展が遅れるが、文永10年(1273年)に父が復権すると権中納言に任ぜられる。文永11年(1274年)には権大納言兼左近衛大将、建治元年(1275年)右大臣、正応元年(1288年)左大臣を歴任。正応4年(1291年)に関白・藤氏長者となるが、正応6年(1293年)に更迭。延慶2年(1309年)に出家し、法名を円阿と称する。安楽寺や善導寺に関連した活動も行う。
主な祖先
九条忠教の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











