系譜で辿る日本史

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二条定高にじょうさだたか

二条定高

鎌倉前期の公卿

氏族藤原北家勧修寺流
生没1190年 - 1238年
位階正二位
官職 権中納言 按察使
幕府職

鎌倉時代前期の公卿であった。建久9年(1198年)に土御門天皇の即位に伴い六位蔵人に任じられ、以降従五位下に昇進。続く建仁2年(1202年)からは遠江守を皮切りに、伊賀守、越後守、肥前守などの地方官を歴任。承元3年(1209年)には右少弁に抜擢され、順調に昇進を重ね、建保6年(1218年)に参議に任じられて公卿に列した。承久の乱(1221年)では後鳥羽上皇の挙兵に反対し、九条道家を支える立場に回った。鎌倉幕府からも好意的に見られ、幕府との交渉を担った。貞永元年(1232年)に正二位に昇進し、嘉禎2年(1236年)には按察使に任じられた。暦仁元年(1238年)に出家し、翌日薨去。享年49。

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主な祖先

桓武天皇

12親等祖先

高階貴子

7親等祖先

藤原忠平

9親等祖先

藤原房前

14親等祖先

仁明天皇

11親等祖先

藤原富士麻呂

11親等祖先

藤原冬嗣

12親等祖先

嵯峨天皇

11親等祖先

藤原武智麻呂

14親等祖先

冷泉天皇

8親等祖先

二条定高の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    三条西季知

    18親等子孫

    稲葉貞通

    12親等子孫

    亀井茲明

    18親等子孫

    中川興長

    16親等子孫

    錦織教久

    16親等子孫

    松崎万長

    18親等子孫

    後桜町天皇

    18親等子孫

    三条西公条

    9親等子孫

    裏松良光

    16親等子孫

    中院通茂

    14親等子孫