戦国時代から江戸時代初期にかけての武将。豊後国臼杵藩の初代藩主で、父と共に美濃国斎藤氏に仕えていたが、織田信長に降伏し、その後は信長の命に従い各地を転戦した。天正7年(1579年)に家督を譲られ、美濃曽根城主となるが、信濃国飯山城での一揆により窮地に陥ったことから、守備の任を解かれる。本能寺の変後は羽柴秀吉に与し、九州征伐や文禄の役に参陣。関ヶ原の戦いでは東軍に寝返り、その功績により豊後国の初代臼杵藩主となる。慶長8年(1603年)に57歳で死去。
主な祖先
稲葉貞通の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫




















