系譜で辿る日本史

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稲葉恒通いなばつねみち

稲葉恒通

美濃稲葉氏当主

氏族越智氏河野氏流
生没1690年 - 1720年
位階従五位下
官職 飛騨守 伊予守
幕府職豊後臼杵藩主

豊後国臼杵藩の第7代藩主として、藩財政の窮乏に直面し、倹約令や御用金、運上金制度などの改革を試みるも、享保5年(1720年)に31歳で死去し、改革は未完に終わった。藩内では嫡子問題や正室と側室の間の対立があり、特に側室の影響力が強かった。後に家督を継いだ董通は、正室の子として承認される必要があり、家老の尽力により承認を得たが、その後も藩の財政は悪化した。

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主な祖先

三条西実枝

7親等祖先

吉田兼倶

8親等祖先

吉田経房

18親等祖先

三条実房

18親等祖先

織田信秀

6親等祖先

藤原経宗

19親等祖先

河野通信

18親等祖先

清原宣賢

7親等祖先

土岐頼貞

14親等祖先

藤原光頼

19親等祖先

稲葉恒通の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

中御門経恭

6親等子孫

関博直

6親等子孫

柳原前光

6親等子孫

秩父宮雍仁親王

8親等子孫

三笠宮崇仁親王

8親等子孫

稔彦王妃聡子内親王

7親等子孫

稲葉観通

6親等子孫

鳩彦王妃允子内親王

7親等子孫

岩倉具張

6親等子孫

森俊成

7親等子孫