鎌倉時代から南北朝時代にかけて活躍した武将で、室町幕府の初代美濃守護。鎌倉で禅宗に帰依し、特に夢窓疎石との親交が深かった。歌人としても知られ、勅撰和歌集に多くの和歌が選ばれている。正中元年(1324年)の正中の変では、一族が討幕計画に関与したとされるが、後に土岐氏の勢力を美濃で確立。臨済宗の布教に貢献し、美濃国内に多くの寺院を開基した。室町幕府内では「御一家の次、諸家の頭」と称され、その影響力を示した。晩年は大富館で余生を過ごし、延元4年/暦応2年(1339年)に逝去した。墓は瑞浪市土岐町の光善寺址にあり、岐阜県の文化財に指定されている。
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土岐頼貞の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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