系譜で辿る日本史

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姉小路忠方あねがこうじただかた

姉小路忠方

鎌倉中期の公卿

氏族藤原北家勧修寺流庶流葉室家
生没1241年 - 1283年
位階正三位
官職 権中納言
幕府職

鎌倉時代中期の公卿である姉小路忠方は、父・顕朝が後嵯峨上皇の腹心だった影響で、正嘉2年(1258年)に18歳で右少弁となる。文永5年(1268年)には参議に昇進し、後嵯峨上皇の伝奏を務めた。文永7年(1270年)には正三位・権中納言に昇進するが、翌年、同じ官位の中御門経任が従二位に昇進したことで不満を抱き、知行国を返上し権中納言を辞任する。この行動が後嵯峨上皇の逆鱗に触れ、宮中を追われる結果となった。失意の中で姉小路家の文書を焼き捨てて出家し、42歳で病死。姉小路家は断絶することとなった。

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