系譜で辿る日本史

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姉小路顕朝あねがこうじあきとも

姉小路顕朝

鎌倉中期の公卿

氏族藤原北家勧修寺流庶流葉室家
生没1212年 - 1266年
位階正二位
官職 権大納言
幕府職

鎌倉時代中期の公卿で、参議・姉小路宗房の長男。若年期には父の死により苦労を重ねたが、暦仁元年(1238年)に右少弁に昇進し、九条道家と後嵯峨上皇からの信任を得る。後嵯峨上皇の伝奏を務め、院政の中核として活躍。特に比叡山延暦寺との交渉役を引き受け、問題解決に貢献した。宝治2年(1248年)に参議に列し、権中納言、按察使を経て弘長2年(1262年)に中納言となり、文永2年(1265年)には権大納言に昇進。この役職は家系では初のことであり、上皇の側近としての地位が認められたが、文永3年(1266年)に病に倒れ、出家してそのまま病没。

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主な祖先

橘嘉智子

14親等祖先

藤原不比等

17親等祖先

藤原真楯

15親等祖先

藤原武智麻呂

16親等祖先

藤原内麻呂

14親等祖先

坂上田村麻呂

16親等祖先

舒明天皇

18親等祖先

藤原忠平

11親等祖先

源経基

10親等祖先

藤原是公

16親等祖先

姉小路顕朝の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

鍋島吉茂

16親等子孫

東伏見宮依仁親王

20親等子孫

九条道房

14親等子孫

鍋島直温

19親等子孫

中院通躬

16親等子孫

二条康道

14親等子孫

鍋島重茂

18親等子孫

中院通茂

15親等子孫

直子女王

19親等子孫

九条武子

20親等子孫