平安時代後期の公卿・歌人であり、官位は従二位・権中納言に至った。久安2年(1146年)に従五位下に叙爵し、以後、丹波守や三河守、右少弁、左中弁など多くの官職を歴任した。安元2年(1177年)には参議に任ぜられて公卿となり、治承5年(1181年)には「八条中納言」と称された。剛直な人柄で知られ、平清盛の政策にしばしば反対し、福原遷都や後白河法皇の幽閉に異を唱えた。和歌にも秀で、『千載和歌集』以下の勅撰和歌集に41首が入集。家集『按納言長方集』や日記『禅中記』が残されている。建久2年(1191年)に中風で出家し、同年に薨去した。享年53。
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