永観2年(984年)、一条天皇は花山天皇の皇嗣に立てられた。寛和2年(986年)、花山天皇の出家により数え年7歳で即位する。摂政には藤原兼家が就任し、後に関白となる。藤原道隆・道長兄弟の時代に藤原氏の勢力が最盛を迎え、平安女流文学が大いに発展した。天皇は文芸や音楽に秀で、『本朝文粋』などに詩文を残した。寛弘8年(1011年)、病が重くなり居貞親王に譲位し、6月22日に崩御。希望していた土葬ではなく火葬されたが、9年後に願いどおり円融陵の側に埋葬された。
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