後鳥羽天皇の第三皇子として生まれ、1210年(承元4年)に14歳で即位したが、実権は後鳥羽上皇が握っていた。鎌倉幕府に対抗するため、王朝の伝統や文化を重んじ、『禁秘抄』を著す。和歌にも熱心で、藤原定家に師事し、『順徳院御集』を編む。1221年(承久3年)、父と共に鎌倉幕府打倒を図るも失敗し、佐渡に配流される。21年間の流刑生活の後、1242年(仁治3年)に崩御。後に順徳院と諡される。穏やかな兄とは対照的に、激しい気性で知られた。
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順徳天皇の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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