平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公卿。幼少で父を失い、叔父である範季に育てられる。長寛2年(1164年)に文章得業生となり、承安2年(1172年)に叙爵。その後、紀伊守や下野守を歴任し、寿永元年(1182年)に従五位上、寿永2年(1183年)には紀伊守に任命される。建仁元年(1201年)には従三位となり、翌年参議、さらに検非違使別当、権中納言に昇進。元久2年(1205年)には従二位に達し、翌年には東宮権大夫となる。建永2年(1207年)に出家し、建暦3年(1213年)に60歳で薨去。子女は順徳天皇の皇子たちの母としても知られる。
主な祖先
藤原範光の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















