村上天皇の第5皇子として誕生した後、母安子の死後は叔母藤原登子に育てられる。兄である冷泉天皇の後を継ぎ、安和2年(969年)に即位。即位後は摂政藤原実頼、続いて藤原伊尹が政務を補佐。天禄3年(972年)に元服し、関白職を巡る藤原兼通と兼家の対立があったが、兼通を関白に任じた。永観2年(984年)、冷泉天皇の皇子・師貞親王に譲位し、太上天皇となる。寛和元年(985年)に出家、円融寺に住み、正暦2年(991年)に33歳で崩御。和歌を愛し、『拾遺集』に24首が収められている。陵は京都府にある後村上陵とされる。
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