鎌倉時代前期の公卿である園基氏は、権中納言・持明院基家の三男として生まれた。元々は家教と名乗り、建保2年(1214年)に叙爵され、数々の官職を歴任。寛喜3年(1231年)には参議に任ぜられ、同年10月に従三位に昇進した。後堀川院の外戚として持明院一門は急速に官位を昇進したが、後堀川院の崩御によりその影響力は薄れた。基氏自身は文暦元年(1234年)に出家し、法名を圓空とした。包丁芸に秀で、『徒然草』第231段にも「園の別当入道」としてその逸話が記されている。弘安5年(1282年)に72歳で薨去。基氏の娘は西園寺公相に嫁し、橋本実俊を生んだ。
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主な子孫





















