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家系図の見方
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平安時代中期の貴族
平安時代中期の貴族である平生昌は、桓武平氏の一員として生まれ、大学寮で文章生となった後、中宮大進として一条天皇の中宮・藤原定子に仕える。長徳の変では藤原道長に密告し、政治的な駆け引きを見せる。その後、但馬守や備中介を歴任し、兄・惟仲の死後にはその遺骨を平安京に持ち帰る。寛弘6年(1009年)に播磨介となり、東宮への昇殿も許されるが、晩年には自邸が焼失し、この頃には既に卒去していたとされる。
宣化天皇
14親等祖先
藤原冬嗣
6親等祖先
天武天皇
11親等祖先
藤原是公
8親等祖先
紀小弓
17親等祖先
藤原不比等
9親等祖先
藤原内麻呂
7親等祖先
継体天皇
光仁天皇
中臣鎌足
10親等祖先
西園寺実兼
10親等子孫
今出川兼季
11親等子孫
西園寺公顕
二条道平
後醍醐天皇
後二条天皇
二条良実
9親等子孫
西園寺公経
7親等子孫
九条道家
8親等子孫
九条忠家