系譜で辿る日本史

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阿野廉子あのれんし

(三位内侍 / 新待賢門院)

阿野廉子

後醍醐天皇の寵姫

女院

准三后

氏族藤原北家閑院流阿野家
生没1301年 - 1359年
位階
官職
幕府職

鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての女房であり、後醍醐天皇の側室として多くの皇子をもうけた。正妃である西園寺禧子に次ぐ寵姫として、後醍醐の隠岐国配流に同行し、陰から支える役割を果たした。歌人としても活動し、『新葉和歌集』に20首が収められている。晩年には「新待賢門院令旨」を発し、南朝の国政にも関与した。『太平記』では悪女として描かれるが、史実とは異なる部分が多い。廉子の影響力は、公家代表からの偏向意見が含まれている可能性があり、一歩離れて評価する必要がある。

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