平安時代後期から鎌倉時代初期にかけて活躍した公家であり、歌人としても名高い。勧修寺流の藤原顕頼の猶子として顕広を名乗ったが、後に実家に戻り俊成と改名。『千載和歌集』の撰者として知られる。歌風は格調高く余情美を特徴とし、歌道において深い影響を与えた。晩年には五社に百首歌を奉納するなど、晩年まで創作活動を続け、91歳で生涯を閉じた。代表作には『長秋詠藻』があり、息子・定家をはじめとする多くの優れた歌人を育て、歌壇に大きな足跡を残した。
主な祖先
藤原俊成の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















