平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した女房・歌人。藤原俊成の娘で、才媛として知られた。12歳で初めて出仕し、建春門院に仕える。建春門院の死後は八条院に仕え、後鳥羽天皇の娘昇子内親王の養育にも関わった。晩年に著した回想録『たまきはる』では、後白河院と八条院の談話を記録し、安徳天皇の後継天皇選定に関する貴重な史料を提供している。後白河院が高倉院の第4皇子を推す一方、八条院が以仁王の遺児北陸宮を支持し、源義仲の反応を懸念する様子を伝えている。
主な祖先
建春門院中納言の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











