嫥子女王は、村上天皇の子である具平親王の三女として生まれ、後一条天皇の時代に伊勢斎宮として選ばれる。長和5年(1016年)に卜定され、寛仁2年(1018年)に伊勢へ群行した。長元4年(1031年)、斎宮祭祀の軽視を非難する託宣事件を起こし、朝廷を揺るがせた。後に藤原教通の継室となるが、子は授からず。永保元年(1081年)に77歳で薨去した。託宣事件では、和歌を通じて神託を伝え、藤原相通夫妻の流罪を招く結果となった。彼女の行動は『後拾遺集』にも記録されている。
主な祖先
嫥子女王の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











