平安時代中期の貴族で、藤原北家九条流の一員。寛弘9年(1012年)、皇太后・藤原彰子の給により従五位下に叙爵され、翌年には侍従に任官。左兵衛佐や右近衛少将などの武官を歴任。後朱雀朝では内蔵頭や修理権大夫を務め、長久5年(1044年)には大蔵卿に任命される。寛徳2年(1045年)、修理大夫としての功績により従三位に叙され、公卿に列せられる。その後、大蔵卿を20年以上にわたり務め、治暦2年(1066年)に薨去。最終官位は大蔵卿従三位。
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