平安時代前期から中期にかけての皇族であった重明親王は、学識豊かで楽才に優れた風流人として知られる。延喜8年(908年)に親王宣下を受け、式部卿などの役職を務めた。皇位継承争いには関与しなかったが、父・醍醐天皇の遺詔を受け、異母弟・村上天皇の宮中で重んじられた。摂関家との関係も良好で、藤原忠平の娘と結婚し、後に藤原師輔の娘を後妻とした。彼の日記『吏部王記』は現存しないが、後世の記録から朝議に関する詳細な記録とされ、当時の貴重な史料とされる。天暦8年(954年)、49歳で薨去した。
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重明親王の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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