長保元年(999年)生まれの藤原寛子は、藤原道長の三女であり、敦明親王(小一条院)の妃だった。寛弘6年(1009年)に着裳の儀式を行い、従四位上に叙される。長和2年(1013年)には東宮の御匣殿となり従三位に昇進。寛仁元年(1017年)に敦明親王と結婚し、儇子内親王と敦元親王を産んだ。万寿2年(1025年)に27歳で薨去。三条天皇の死後、道長は娘の婿として敦明親王を迎えたが、親王の元妃・延子とその父藤原顕光の死があり、寛子の臨終には彼らの怨霊が現れたと伝えられている。
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藤原寛子の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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