- メニュー -
家系図の見方
役職
歴代征夷大将軍
歴代鎌倉幕府執権
歴代室町幕府管領
氏長者
歴代藤氏長者
歴代源氏長者
家別
公家(堂上家一覧)
武家(守護大名)
武家(戦国大名)
武家(近世大名)
- 設定 -
平安中期の公卿
平安時代中期の公卿である。永延2年(988年)従五位下に叙爵され、翌年には従五位上・侍従に任じられる。長徳の変を経て藤原道長の下で右近衛中将や蔵人頭に昇進し、寛弘5年(1008年)には参議となり公卿に列する。中宮権亮や左兵衛督を歴任し、後一条朝で中納言にまで昇進。晩年、大宰権帥を兼任するが、部下の不祥事で解任される。長暦4年(1040年)に正二位に復し、寛徳元年(1045年)に出家し薨去。享年71。人相に優れ、顕信との縁談を見抜いて断った逸話が『大鏡』に残る。
敏達天皇
13親等祖先
欽明天皇
14親等祖先
皇極天皇
11親等祖先
藤原不比等
10親等祖先
大伴金村
15親等祖先
藤原冬嗣
6親等祖先
仁明天皇
履中天皇
18親等祖先
桓武天皇
7親等祖先
光仁天皇
8親等祖先
安徳天皇
7親等子孫
近衛天皇
6親等子孫
西園寺公経
亀山天皇
10親等子孫
以仁王
崇徳天皇
式子内親王
冷泉為相
9親等子孫
後堀河天皇
8親等子孫
徳大寺公継