平安時代初期から前期にかけての貴族で、従五位上・陸奥権守を務めた。文徳天皇の時代に従五位下に叙され、鎮守将軍に任命された。清和天皇の即位後、一度は坂上当道に将軍職を譲るが、翌年には再任され、貞観6年(864年)までその職を務めた。上野権介や相模権介などの国司も兼任した。貞観9年(867年)には従五位上に叙せられ、貞観11年(869年)の貞観地震後、陸奥国の復興に尽力した。震災後、陸奥介および陸奥権守に任命され、復興活動を指導した。弟・春風が九州の警備を終えて帰京する際、父が用いた鎧が与えられたことが記録に残る。


