戦国時代後期の武将で、上野国小泉城の城主。結城氏の庶流である富岡氏に属し、上野赤井氏に臣従していた。永禄5年(1562年)に長尾景虎(上杉謙信)の上野侵攻で赤井氏が没落すると、小泉領を掌握し景虎に認められる。その後、足利長尾氏や由良氏との抗争を経て、永禄12年(1569年)までには北条方に転じる。天正9年(1580年)には駿河まで出陣し、武田氏と戦った。天正18年(1589年)の豊臣秀吉の小田原征伐では小田原城に篭城し、北条氏の敗戦によって所領を失うが、子孫は徳川氏に仕え江戸幕府の旗本となった。








