系譜で辿る日本史

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小田治久おだはるひさ

(小田高知)

小田治久

小田氏8代当主

氏族宇都宮氏流小田氏
生没1300年 - 1353年
位階
官職 宮内権少輔 尾張権守 常陸介
幕府職

鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて活動した武将。初名を高知とし、北条高時から偏諱を受ける。嘉暦2年(1327年)、父の代理で陸奥の安藤氏の乱を鎮圧し功績を挙げた。元弘の乱では鎌倉幕府軍に従うが、幕府滅亡後は後醍醐天皇に仕え、諱を受けて治久に改名。南朝側に立ち、楠木正家と共に北朝勢力と戦うも、後に北朝に降伏。以後は北朝方として活動し、1353年に死去。法号は妙光院索准覚翁。

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小田治久の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

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